江國香織『冷静と情熱のあいだ』

冷静と情熱のあいだ Rosso (角川文庫)

冷静と情熱のあいだ Rosso (角川文庫)

 怖い夢をみた。
 怖い声に追いかけられる夢。声は少し嗤っている。声には私の行動などすべてわかっているのだ、と、私にはわかる。どこへ逃げても声はすぐうしろに迫っていて、頭に息がかかるような気さえする。いまにも肩をつかまれそうだ。私は怖くてふりむけない。胸をつきやぶりそうな動悸。いつまでもつかまえられるのに、声は私をつかまえない。
 目がさめて、しばらく天井をみていた。部屋いっぱいに生息している夜の闇。隣で眠っているマーヴの、規則正しい寝息がきこえる。
 いやな夢だ。目がさめても、体のあちこちになまなましく感触が残っている。
 大丈夫。私は力をぬき、両手で顔を蔽う。足先をのばし、シーツのつめたい部分に触れてみる。大丈夫。ただの夢なのだから。

 江國香織の文体は現在形と、体言止めが多い。それによって語りの視点が主人公の女性により近づいて、読む人が主人公に同化しやすくなっているような印象を受けます。つまり、江國香織の小説はほぼ女性のために女性が書いたような小説で、それを男の僕が読んでも違和感なく読めるところが江國香織の作家としての凄さなのかもとか思いました。そういう文章って普通だと男性が読むとあんまり面白くなかったりするもんなんだと思うんですよね。それが、男の僕が読んでいて面白い。そこがポイントだと思います。フェミニスティックな考え方の人には怒られそうな考え方ですが。