「美術館で”Have a Break”」はアートか。

KitKat|『美術館で”Have a Break”』


真っ赤な何も描かれていないキャンバスに「Have a break. Have a kitkat.」とだけ書かれたキャプション。これがアートであるか否かというのは、僕の勉強している美学上の大きなトピックの一つです。今学期も広告とアートの関係の授業をやっています。復習がてら簡単にまとめてみます。

 多分いろいろと論点がありますが、大体こういう問題を考えるときは、僕たちは「現代においては何がアートで何がアートでないか、ということは、作品の形だとか色だとかという要素によって決まるのではなく、その作品が置かれている文化の歴史的なコンテクストによって決まる」という考え方から議論を始めます。ダントーという学者さんが「芸術界、再び」という論文で20年くらい前に言ったことです。例えば、NY近代美術館に飾られている抽象絵画は今でこそアートとして扱われていますが江戸時代の日本にそれがあってもそれはアートとして認められなかったでしょう、ということです。幾何学的な図形の絵画はそれをアートとして認める批評が現れ、それが多くの人に承認されたとき初めて、アートとなったということです。いわゆるプリミティヴ・アートと呼ばれたアフリカの木彫りの像は20世紀初頭に多くのヨーロッパの作家によって「彫刻」としてその形態が参照されましたが、木彫りの像が実際に作られた当初は、それはアフリカで主に呪術的な目的で使われていたただの道具でした。20世紀初頭ヨーロッパの作家と批評家たちが、それを「アート」としてとらえ始めたということです。

 で、そのダントーは、「High & Low」という論文で広告(あるいは商品)とアートの関係は三つあると言っています。

 ①アーティストが「広告として」作品を制作する。純粋な「作品」のみで生活できないために広告のデザインを行う作家たちは19世紀末から多く存在しました。例えば、「ムーラン・ルージュ」や「カフェ・シャ・ノワール」の広告ポスターを描いたロートレックなどが挙げられています。

 ②広告が「アートとして」の作品を取り入れる。例えばモンドリアンコンポジションはそれ自体純粋なアート作品として最初描かれましたがそのデザインは広告によって、関係のない商品へ「モダン」なイメージを付加するために使われたとされています。

 ③1、2どちらでもないそれ自体が広告(商品)でありアートでもある関係。例には挙げられていませんが、アンディ・ウォーホルはシャネルの香水を描いたシルク・スクリーンを作品として展覧会に展示しました。彼はそれどころか見た目は本物とほぼ区別がつかない「ブリロ・ボックス」という洗剤の箱の模型を、「ブリロ・ボックス」という作品名でそのまま展示しました。ダントーはこの「ブリロ・ボックス」については他のところでもいろいろと書いています。ここに来るともう、アートがアートである理由とは作品の持っている色や形ではないことは明白です。ではなぜウォーホルが展示した洗剤の箱はアート、しかもかなりエポックメイキングなアートなのか。それは、ウォーホルが歴史上初めてダントーの言う3番目の関係、「日常生活にあるものすべてはアートと成りうる」というコンセプトを提示したからだ。そういう風に言っています。


 さてそんなことをいろいろと考えてみると、このキットカットの広告はダントーの分け方で言えば②になりますね。まず、この絵にはキャプションはあるが「作家名」と「作品名」はない。つまりアートとしては展示されてはいません。美術館の中に展示されているから紛らわしいですが、今のところ西洋の伝統を引き継いだ「アート」には必ず作家名と作品名がつきます。だからこれは間違いなく広告なのですが、この広告が引用しているのは明らかに1950年代の純粋抽象絵画です。

 こういうの

(Barnnet Newman Who's Afraid of Red, Yellow, and Blue?, 1966 75 X 48 inches Oil on Canvas)
 とか

 こういうの

(Barnett Newman Vir Heroicus Sublimus, 1950-51 Oil on canvas, 7' 11 3/8" x 17' 9 1/4").
 です。

 一昔前のアメリカの広告がモンドリアンコンポジションを使ったのと、キットカットがバーネット・ニューマンを使ったのは、やっていることは一緒です。だから、この広告は②なのです。多分、広告として新しい部分があるとすれば、それは美術館にいかにも「アート」ぽく展示したということでしょう。

 そんな感じな、広告とアートの関係についてのメモでした。参考文献はアーサー・ダントーの「芸術界、再び」(高階 絵里加訳, 『すばる』16(12), 集英社, pp.p296-316)と"High & Low," "Beyond the Brillo Box: the visual arts in post-historical perspective," (1992, University of Calfornia Press)っていう感じです。大雑把に書いたので間違いあれば指摘していただければと思います。
 では!